佐藤るりはセ○シー女優から日経新聞記者へ。A○時代の動画と画像。父親は?本名は?

佐藤るりはセ○シー女優から日経新聞記者へ。A○時代の動画と画像。父親は?本名は?

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佐藤るりは2004年にア○ルトビデオ女優としてデビュー。彼女単体としては12本をリリース。企画物の出演も数えると70本以上の出演経歴がある人気女優さんだ。代表作は2007年にリリースされた「ロリボイ○」。

出演した作風は○リコンからエスエ○ものまでの幅広い。2008年頃から業界から佐藤るりの活躍する姿が消え、久しくなった頃に世にも奇妙なことに全く違う業界から佐藤の名前を聞くことになった。

佐藤るりの本名『鈴木涼美』は、慶應義塾大学の環境情報学部を卒業後、東大の大学院に進学する。そして、2009年に日経新聞に入社。東京本社地方部に所属し、都庁クラブに長く出入りしていたというのだ!

なんと!A○女優から新聞記者への華麗なる転身を遂げていたのだ!

2013年に整理部に異動したのち、2014年9月末に突然退社したという・・・

日経新聞社時代の仕事ぶりと彼女のキャラクター

仕事はまじめで周りからも可愛がられる存在だった。セクシー女優の過去を知る者は殆どいなかったという。

しかし、服装が自前のGカップある胸を強調するようなシースルーだとか谷間を強調するような服装ばかりを着ていたし、髪型やアクセサリーまで派手だったのであだ名は『キャバ嬢』。こう言えば、社内で誰のことかはすぐ通ったという。

過去の経験を生かして執筆活動も

日経新聞在籍中の2013年6月に鈴木涼美のペンネームで『「AV女優」の社会学』(青土社)という本を出している。朝日新聞の書評にまで取り上げられ、評価も高い。

そこからは、新進気鋭の作家として執筆依頼が多数舞い込んだという。

ネット連載「お乳は生きるための筋肉です〜夜のお姉さんの超恋愛論〜」も好評で近いうちにまとめたものが書籍化される話まである。

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セ○シー女優になったきっかけ

自らを振り返ってこういう。「私軽率なところがあるんです。」と切り出し、

「横浜でスカウトされて面白そうと思って後先考えずに飛び込んでしまった。『佐藤るり』という女優を売り出していくのが面白かった。自分で監督や脚本をやった作品もある。お金という見返りも大きかった。二年間で二千万円稼いで、パアッと全部使っちゃった。(笑)でも、二年もやると飽きて辞めちゃった。」とあっけらかんと語った。

○Vへの後悔・・・

消えない過去として、A○出演への後悔もある。ヒトに話を聞く興味があったことからちゃんとした会社の日経新聞社に入社した。

ただ、もっと自由な立場で表現活動をしたい思いに駆られ日経新聞社の退職に至ったのだという。

彼女は根っからのアーティストなのでしょうね。。。

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家族は?父親は?

実は鈴木涼美さんのお父さんは名の通った哲学者、大学教授である。

「日経新聞社に入社してすぐに、元カレが嫌がらせで親に自分の出演作品を添付したメールを送りつけた」のだという。

父は「お前がそこまで狂った女だとは思わなかった」とは言ったが「それで親の愛情が変わることは無い」と許してくれたのだそうだ。

さすが哲学者!悟っていらっしゃる。。。

続けて、週刊文春の取材に対しても、、、

「娘のためにもちゃんとお話ししたい」と応じ、

その当時のことを話した。「家内はショックを受けていましたが、ただ、子供ではないし、かなり以前のことだと聞いたので。冗談で『お見合い結婚はできなくなったね。』と話した。

 

AVパッケージは見ましたが、中身は見ていません。AVもひとつの表現ですし、経験を糧に頑張って欲しい。

娘の方が、私より文才がありますね。

 

今も娘とはよく食事に行くいい関係ですよ。

こんな悟ったことを誰が取材で語ってくれます?とてもとても立派なご両親です。

頭もいいし、育ちもいい。表現者としての気質と技術もある。

ぜひとも見習いたい親子像である。

今後も佐藤るり改め『鈴木涼美』の表現活動を見ていきたい。

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